権勢症候群(アルファシンドローム)はあるのかないのか?

犬の行動学

狼やオオカミ、リカオンなどのイヌ科の動物は社会性に富んでおり、リーダーを頂点とした群れ(パック)で生活をする事が良く知られています。

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犬のしつけの専門家の中には、狼を祖先とする犬の習性や行動パターンは、狼のそれと酷似しているという前提に立っている人たちと、それを否定する真逆の立場をとっている人たちがいます。

狼の行動パターンを犬のしつけに結び付けて考える立場の人の主張には次のようなものがあります。

権勢症候群(アルファシンドローム)の存在を支持する立場の人たち

祖先の狼と同様に、犬には群れのリーダーたらんとする権勢本能があり、その権勢本能が発達してしまうと自分がリーダーで飼い主を格下とみなすようになってしまう事で、飼い主の指示に従わなくなるなど、様々な問題行動を引き起こすという問題が「権勢症候群(アルファシンドローム)」と呼ばれています。

怒る犬

こう言った主張をする人たちは、狼の群れには厳しい序列による上下関係が存在し、食事の順番も上位の狼が下位の狼よりも先である事から、人間の食事の前に犬に食事を与えないというしつけの方法を推奨しています。

また、ベッドやソファー(人間と同じ高さ)に犬の居場所を作ってしまうと、犬が自分が上位であると勘違いをしてしまうと言ったような警告を発しています。

とにかく、犬は人間社会における全ての相手に序列をつける習性がある為、日々の生活の中で人間が上位であると厳格に封建的に序列を教え込む事が、問題行動を起こさない犬にする為に必要な事だとの論調です。

権勢症候群(アルファシンドローム)の存在を否定する立場の人たち

ところが、権勢症候群(アルファシンドローム)の存在もの論拠となっている『Expression studies on wolves: Captivity observations』というSchenkelの1947年の論文の観察対象は野生の狼ではなく、飼育下の狼であり、1999年にはMechによって反証されています。

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イエローストーン公園に生息する野生の狼の群れを観察したMechは、野生の狼の群れは父母と子供たちの家族が単位となっており、リーダーという役割があるとすれば父親がその役割を果たし、父親は獲物を子供に先に与える事もあると主張しています。

家族ですので厳格な上下関係は存在せず、両親や兄弟姉妹の役割分担によって成り立つ群れの秩序と言えます。

このMechの論文を受けて、狼の権勢本能は飼育下のみでの研究結果から出された結論である事から、権勢症候群(アルファシンドローム)の存在には根拠がなく、それに基づいて体系化された人間をリーダーとして認識させる犬のしつけ方法にも信憑性がないと結論付けている人たちがいます。

犬と狼は似て非なるものという考え方か主流になってきている

犬と狼は祖先が同じであるという説は間違っていませんが、最近の研究ではかつて犬の祖先と考えられていたハイイロオオカミなど、現存するオオカミの仲間と犬の祖先となったオオカミは別の種類であるという事が分かってきました。(日経サイエンス 2015年11月発売「犬と猫のサイエンス」)

オーストラリアのオオカミ科学センターの動物行動学者、「ヴィラニ」氏らは、2008年より、犬と野生の狼を生後1週ごろから2~6匹からなる各4つのグループに分けて飼育を行い、7年間に渡り犬と狼の差を観察してきました。

従順な犬と奔放な狼

研究チームは、犬も狼にも同等のしつけを行っていますが、狼は餌を前にして「おあずけ!」の命令に従わないと言います。

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人間の目を見てもお構いなしにテーブルの上の肉をさらっていく、この狼の独立独歩の気質は明らかに犬とは異なるものと分析されていますが、犬が命令に従い、狼が従わないのは、彼らの群れの構造の違いが原因になっているのではないかと「ヴィラニ」氏は述べています。

つまりは狼の群れはそれぞれの個体が平等であり、犬の群れの場合は独裁的であると言うのです。

食事一つとっても、狼の場合は上位の狼が牙を剝いてうなっても、下位の狼が立ち去る事はありませんが、犬の場合は下位の個体が上位の個体と同時に食べる事は稀であるそうです。

つまりは秩序と混沌

さらに同センターの研究によって示唆されているのは、犬は人間の仕事に協力したがっているのではなく、単に何かを命令されてそれをこなすことを望んでいるという事です。

つまりは人間と共棲する事で進化して来た犬は、人間に何かを命令されて、それをこなすことで精神的に安定するという事でしょう。

人間と生活するようになった事で、秩序を好むようになった犬と、奔放で混沌を好む狼といったところでしょうか。

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犬の世界の秩序とは階級

オオカミ科学センターの研究でも、犬社会は上下関係の秩序が厳しいという指摘がありますが、野生の狼が人間に飼われるようになり、人間に懐き易い個体が交配される過程で、人間に従順で秩序を好む血統が残っていったと考えられます。

原始の犬は猟犬などの使役犬ですので、狼のような阿吽の呼吸のヒット&アウェイではなく、人間と役割分担された正確な命令の実行が求められます。

従って、上位者(つまりは人間)の命令に従順な「秩序」を好む個体が残っていったのでしょう。

このような犬は、人間との生活の中でも自らの立ち位置を安定させる為に、人間や周りの犬たちにランク付けを行い、上位の者に従う事で精神的な安定を得るものと考えられます。

権勢症候群(アルファシンドローム)はあるのかないのか?

犬に権勢症候群(アルファシンドローム)があるという考え方は、1999年の野生の狼を観察したMechの論文で否定されているのですが、狼と犬は別の進化の道を辿った「似て非なるもの」という更に新しい考え方によれば、あながち犬に権勢症候群(アルファシンドローム)がないとは言えないでしょう。

実際の狼と犬の生態を観察しているチームから、明らかに自由奔放な狼とは違った、秩序を好む犬の特性が指摘されているのですから。

(ライター:マルコ)

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